1.石川 弘道 先生 : ビタミンE・セレン欠乏が疑われた症例
【はじめに】
豚のビタミンE・セレン欠乏による代表的な疾病として離乳期の子豚のマルベリーハート病が知られている。肥育期の豚では黄色脂肪症や豚肉の保水性低下によるドリップの問題等が生じる。また病理学的には肝臓の出血性壊死や筋肉の変性壊死が起こることが知られている。 2022年に麻布PCCへ病理組織学検査を依頼した36検体のうち4検体で病理組織学所見よりビタミンE・セレン欠乏が疑われた。このうち3例について紹介する。
【臨床症状・肉眼所見】
- PCC1467:90日齢の肉豚で死亡豚。体表蒼白、血便等の症状を呈する個体が増加していたため原因究明のために解剖した。胃の中に大量の出血が認められ、胃潰瘍と診断された。心嚢水や腹水の貯留、肺門リンパ節の充出血が認められたため麻布PCCに病理組織学的検査を依頼した。
- PCC1474:死亡繁殖母豚。妊娠期飼料より高濃度のゼアラレノン、タイプAトリコテセンを含む8種類のカビ毒が検出されており、カビ毒の影響を調査するため麻布PCCに病理学検査を依頼した。
同時に健康な子豚を娩出した母豚3頭(健康群)と虚弱子を娩出した母豚3頭(虚弱群)を採血し生化学検査の結果を比較した。肝酵素(ALT、AST、GGT)と消化酵素(アミラーゼ、リパーゼ)が虚弱群で上昇していた。肝酵素の上昇はカビ毒による肝機能低下が一因と考察された。消化酵素の上昇はカビ毒による消化不良を補うために生じたものと考察された。(当日のPCCからのコメントとして、肝酵素の上昇は溶血による影響も考えられるとのことであった。)
- PCC1478:140日齢肉豚で死亡豚。肥育期での事故率が高く、原因究明のために解剖した。下顎リンパ節は表面が赤色で、鼠径リンパ節は水腫性に腫大していた。肺は退縮不良であった。心膜腔に多量の膿の貯留を認め、心臓では左心室の高度な肥大、右心室の高度な拡張を認めたが出血は見られなかった。肝臓は全体的に腫大しており、表面および割面はニクズク様を呈した。腹腔内には黄褐色の腹水が多量に貯留し全身性のうっ血が認められた。
【病理組織所見】
- 心臓:
代表的なビタミンE・セレン欠乏症であるマルベリーハート病では心外膜・心内膜直下の出血、心筋の壊死が認められるが本症例では3例とも該当する心臓の病理所見は認められなかった。 症例(3)では心外膜が肥厚しており、繊維素の析出と細菌が認められた(病理スライド1,2)。グレーサー病あるいはパスツレラ感染症が疑われ、心外膜の肥厚は繊維素の器質化によるものと考察された。
病理スライド1(心外膜・心臓):心外膜が肥厚しているが心臓は出血していない。
病理スライド2(心外膜):線維素の析出と細菌が認められた。
- 肝臓:
3症例ともにビタミンE・セレン欠乏症で典型的に見られる小葉中心性の出血を認めた(病理スライド3)。ニクズク肝にはうっ血によるものと出血によるものがあり、今回認められたのは後者のニクズク肝で、肝細胞が壊死脱落した部分に赤血球が入り込んだ状態として認められた(病理スライド4)。出血の認められた小葉中心部の周りでは脂肪変性および結合組織の増生が認められた。
病理スライド3(肝臓):肝小葉の中心に出血が見られる。
病理スライド4(肝臓):肝細胞の壊死(矢印)と出血巣。
参考:小葉中心性出血および肝細胞壊死が認められた肝臓の肉眼所見(本発表とは別の症例)
【まとめ】
肥育豚でビタミンE・セレン欠乏を起こしている症例は予想より多数存在する可能性が示唆された。また昨今の飼料高騰による経費削減の動きによりビタミンE・セレン欠乏症が増加する可能性も否定できない。本症例を通して肥育期以降のビタミンE・セレン欠乏の診断において病理組織学的検査が有用であることが再確認されたことより、病理組織学的検査の積極的な併用を推奨したい。
2.柴山 理彩 先生 : 臍帯炎によりPRRSが疑われた症例
【はじめに】
豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)は母豚の異常産と子豚の呼吸器障害を主徴とする疾患である。母豚に対する病原性は主に妊娠後期の死流産が特徴である。
今回、病理組織学的検査により虚弱子豚において臍帯炎が認められたことからPRRSが疑われた症例を経験したのでその概要を報告する。
【材料と方法】
関東地方に所在し母豚600頭を飼育する一貫生産の農場(PRRS、PCV2、マイコプラズマ、App陽性)である。この農場で2022年1月に分娩前の母豚においてPRRSを疑う母豚の食欲不振および死流産が発生し、対応を行った結果3月には症状は収束していることを確認した。しかし、2022年5月の定期農場訪問時に母豚1頭が分娩予定日前日に早産がみられた。原因究明のため、虚弱子豚3頭の血液および臓器を採材し、血液についてSMC鰍ノおける病原検索および抗体検査へ、臓器について1頭はSMC鰍ノおける病原検索、2頭は麻布大学PCCにおける病原検索および病理組織学的検査にそれぞれ供した。
【病原検索結果】
病原検索および抗体検査より、虚弱子豚3頭のいずれの検体からもPRRSウイルスを含む病原体は検出されず、血清のPRRSを含む病原体に対する抗体価は陰性または検出限界以下であった。
【病理検査所見】
PCC1477
臍帯炎からPRRSが疑われると診断された。
- 心臓(左右心房):出血性心筋炎(うっ血および出血。心筋の水腫性変性)
- 臍帯:出血性臍帯炎(臍帯静脈出血)(病理スライド5、6、7)
病理スライド5:臍帯における出血性静脈炎(矢印)
病理スライド6:出血性の臍帯炎。周囲には水腫も認められた(矢印)
病理スライド7:臍帯における微小な出血(矢印)
【結果】
PRRS対策として、3月の訪問時に中止していた飼料中のチルバロシンの添加を再開し、6月下旬に予定していたPRRSワクチン種豚一斉接種を予定よりも早めて6月上旬に実施した。その後、PRRSを疑う母豚の体調不良や早産は発生していない。
【考察】
当初、病原検索の結果から、感染症の関与はないと考えていたが、病理組織学的検査の結果を受けて初めてPRRSの関与が疑われた症例であった。その後、PRRS対策を行ったところ、その後の発生は確認されていない。 PRRSを疑う流死産子豚について病理組織学的検査を行う場合には、臍帯も採材することが重要であると考えられた。
3.大久保 光晴 先生 : 規定量以下のワクチン接種が原因と思われるPCV2事例
【はじめに】
養豚において、PCV2ワクチンは、慢性疾病がある農場・ない農場に関わらず、世界的にほぼ必須のワクチンとなっている。ワクチンの効果をしっかり発揮させるためには規定量で接種することが重要であり、コストを意識してむやみに接種量を減らすべきではない。今回、著者の契約農場において、規定量以下のワクチン接種が原因と思われるPCV2事例を経験したのでその概要を報告する。
【材料と方法】
中国地方に所在し、母豚40頭を飼育する一貫生産の養豚場(PRRS・Mhp・App陽性)において、2022年8月に農場を訪問した際に、肉豚舎にて80〜100日齢の豚で発咳、発育不良が認められ、ここ数カ月で死亡増加との稟告があった。発育不良を呈していた肉豚2頭を鑑定殺し、麻布大学PCCにおけるPCR検査(肺のみ)と病理組織学的検査に供した。また、心臓と肺はSMC鰍ノおける細菌検査に供した。
【肉眼所見】
PCC1499:両肺の前中葉に肝変化(前葉20%、中葉30%)が認められた。その他、胃の噴門部に重度の胃潰瘍がみられた。
PCC1500:両肺の前中葉に肝変化(前葉20%、中葉30%)がみられた。両肺において、ピンポン玉大の硬結病変が一か所ずつ認められた。
【PCR検査・細菌検査】
肺のPCR検査では、両検体ともにPCV2(Ct値 PCC1499:10.8、PCC1500:8.4)・PRRS・Mhpが陽性であった。PCC1500では、上記に加えて、Hps・Pm・Streptが陽性であった。 肺の細菌検査では、両検体からPmが検出された。PCC1500では、上記に加えて、Strept陽性であった。
【病理組織学的検査】※主要臓器のみ記載
PCC1499
病理組織学的診断名
病理所見
- 肺胞内に脱落した組織や壊死した好中球がみられる領域(化膿性肺炎:高度)と肺胞上皮細胞の反応性腫大により肺胞壁が肥厚した領域(間質性肺炎:軽度)が混在していた(病理スライド8、9)。抗PRRS抗原の免疫染色より、好中球が浸潤した領域の肺胞マクロファージ内にPRRSが検出された(病理スライド10)。なお、本検体には、PCV2感染を疑う所見は認められなかった。以上の所見より、本病変はPRRSおよび細菌の混合感染によるものと考えられた。
病理スライド8(肺・HE):肺胞壁が肥厚した領域(間質性肺炎)と脱落した組織や壊死した好中球が肺胞内にみられた領域(化膿性肺炎)が混在
病理スライド9(肺・HE):肺胞壁は肺胞上皮細胞の腫大(矢印)により肥厚し、肺胞内には脱落した組織や壊死した好中球が存在
病理スライド10(肺・PRRS抗原の免疫染色):好中球が浸潤した領域の肺胞マクロファージ内にはPRRSが検出(矢印)
PCC1500
病理組織学的診断名
- 肺:化膿性線維素性胸膜肺炎
扁桃:濾胞萎縮 リンパ節:濾胞消失
病理所見
- 肺では、肺胞マクロファージの浸潤により肺胞壁が肥厚した領域(間質性肺炎、病理スライド11)や重度な壊死がみられる領域(化膿性肺炎、病理スライド12)など多彩な組織像が認められた。扁桃およびリンパ節では、リンパ濾胞の萎縮・消失が認められ、リンパ濾胞が消失した領域にはマクロファージの浸潤がみられた(病理スライド13)。抗PCV2抗原および抗PRRS抗原の免疫染色より、肺では高度な間質性肺炎がみられる領域の肺胞マクロファージ内にPCV2(多数)およびPRRS(少数)が、リンパ節ではマクロファージ内にPCV2が検出された(病理スライド14)。以上の所見より、本病変は、PCV2(高度)、PRRS(軽度)および細菌(高度)の混合感染によるものと考えられた。
病理スライド11(肺・HE):肺胞マクロファージの浸潤により肺胞壁が肥厚した領域(間質性肺炎)
病理スライド12(肺・HE): 重度な壊死がみられた領域(化膿性肺炎)
病理スライド13(リンパ節・HE): リンパ濾胞の萎縮および消失
病理スライド14(リンパ節・HE):リンパ濾胞が消失した領域にはマクロファージが浸潤(矢印)
病理スライド15(肺とリンパ節・PCV2抗原の免疫染色): 肺(左):間質性肺炎領域の肺胞マクロファージ内に検出されたPCV2抗原(矢印) リンパ節(右):マクロファージ内に検出されたPCV2抗原(矢印)
【結果と考察】
検査結果を元に、改めてワクチン・投薬プログラムを確認したところ、PCV2ワクチンの接種量が半ドース(1ml)になっていた。直ちに1ドース(2ml)に戻したところ、死亡が減少した。なお、半ドースへの変更時期については不明である。
【結論】
病理組織学的検査において、明確なPCV2所見が得られたことで、直ぐに原因特定・改善に繋がり、病理組織学的検査による確定診断の重要性を学んだ。また、当該農場は、今まで管理獣医師がいなかった農場であるが、ワクチンの使用は獣医学的な判断が必要な分野であり、規模の大小に関わらず、養豚専門の獣医師が農場に携わることの重要性を再確認した。
4.呉 克昌 先生 : 確定診断のための麻布大学PCC病理検査、病原検査の活用と重要性について
【はじめに】
すべての改善の出発点は正確な診断にある。疾病の診断方法には様々な手法があるが、確定診断にはいくつかの方法を組み合わせて判断することが重要であり、特にPCR検査と病理組織学的検査を組み合わせることで正確な診断を得る確率が非常に高くなると考えられる。
今回、育成子豚に貧血、発育不良が見られた2つの農場の事例をもとに、その活用と重要性の説明を試みる。
【材料と方法】
- A農場:
母豚1800頭規模の一貫生産農場でPRRS陰性である。2022年6月以降離乳舎後半での発育不良・貧血での淘汰が増加していた。8月に離乳舎の76日齢の子豚3頭を安楽殺、病理解剖し、麻布PCCにPRDC9種PCR検査と病理組織学検査を依頼した。
- B農場:
母豚330頭規模の一貫生産農場でPRRS陽性である。2022年9月以降離乳舎での発育不良・貧血の豚が増え、10月に離乳舎の63日齢の子豚2頭を安楽殺、病理解剖し、麻布PCCにPRDC9種PCR検査と病理組織学検査を依頼した。同時に民間検査機関に肺の細菌検査とPCR検査を依頼した。
【肉眼所見・PCR検査結果】
- A農場:
剖検では3頭ともに胃の噴門部に重篤な潰瘍が観察された。PCR検査ではPCV2,Mycoplasma hyopneumoniae、A型インフルエンザ、PRRS、Actibobacillus pleuropneumoniae、Pasteurella multocidaは全て陰性であった。一方で豚連鎖球菌が3頭陽性、Mycolplasma hrorhinisは1頭陽性、Heamophilus parasuisは2頭で擬陽性であった。
- B農場:
剖検では2頭ともに胃の噴門部に重篤な潰瘍が観察されたほか、肺門リンパ節の腫脹、間質性肺炎像、肺の硬結と粟粒状大の点状の化膿性病変が観察された。PCR検査では2頭ともPRRS陽性であったほか、1頭でHeamophilus parasuisが陽性であった。また細菌検査でTrueperellaが検出された。
【病理組織所見】
A農場のPCC1496の病理所見について説明する。 胃において重度な胃潰瘍が認められた。肺の病変としては限局した間質性肺炎が認められたのみにとどまった。病理所見および免疫染色の結果からPCV2の関与は否定された。
続いてB農場のPCC1516、PCC1517の病理所見について説明する。 肺において重篤な肺炎像が認められた。肺胞壁は肥厚し一部では好中球の出現も認められた(病理スライド16)。病理組織所見よりPRRSが強く疑われ、PRRSの免疫染色陽性であったことから(病理スライド17)、PRRSによる間質性肺炎と診断された。
病理スライド16(肺):肺胞壁が肥厚している間質性肺炎像。また好中球の出現が認められた(丸)。
病理スライド17(肺、免疫染色):PRRSに対する免疫染色陽性像。
肺ではさらに膿瘍(病理スライド18)が多発している様子が観察された。化膿部の周りは結合組織が増生しており、膿瘍内部にはグラム陽性短桿菌(病理スライド19)が認められた。
病理スライド18(肺):中心部に好中球が集簇しており、取り囲むように結合組織が増生
病理スライド19(肺):膿瘍中心部を拡大しグラム染色すると、グラム陽性短桿菌(矢印)が認められた。
また胃においては重篤な胃潰瘍が認められた。噴門部粘膜では錯角化、潰瘍化が認められた。
【診断と対応】
- A農場:
胃潰瘍の原因は単純な飼料摂取量不足によると診断した。ただし豚連鎖球菌がPCR検査で検出されたことにより、連鎖球菌感染が先行し飼料摂取不足に陥ったことも推定して、63日齢でアモキシシリン10 mg/体重kgの3日間経口投与と給餌量の調整を実施したところ、発育不良・貧血は解消された。
- B農場:
PRRSの病理組織検査の結果とPCR検査のCt.値が低かったことも含めて、PRRS感染が重篤で飼料摂取量低下が起こり、胃潰瘍となったものと推定した。また、Trueperellaが原因の化膿性肺炎も併発しており、これらの発生が豚熱ワクチン接種後に起きたことも考慮して連続注射器の煮沸消毒を徹底した。同時に子豚へのPRRSワクチンを応用し、状態は改善傾向となっている。
なお両農場ともPCR、病理組織学検査ともにPCV2陰性であったことから、胃潰瘍へのPCV2関与はないと確定できた。
【まとめ】
同じ発育不良・貧血が問題となった2農場について麻布PCCのPCR検査と病理組織学検査を活用することでそれぞれ異なる原因を究明することができた。このことから、疾病の確定診断には麻布PCCの病理組織学検査と病原検査の併用が迅速かつパワフルで非常に有効であるといえる。確定診断に際して麻布PCCのPCR検査と病理組織学検査を活用されることを勧める。
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