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第14回 豚病症例検討会レポート
 
 
泣Tミットベテリナリーサービス 戸田 宗生
 
 

◇症例発表者◇
1.香川 光生 先生ダンス病多発事例とその後の対策について
2.数野 由布子 先生亜鉛中毒による発育不良が疑われた症例


◇コメンテーター◇
 上家 潤一 先生(麻布大学獣医学部)


※病理組織写真は上家潤一先生のご提供。
  <掲載画像の無断転載・複製を一切禁じます>



1.香川 光生 先生 : ダンス病多発事例とその後の対策について

【はじめに】
 豚の先天性痙攣症(ダンス病)は、哺乳子豚に震せんを起こす病気として古くから報告されており、その原因については、遺伝要因、化学物質に対する中毒、日本脳炎やCSFウイルスの胎子感染など指摘されており、近年の発生についてはほとんど未同定のウイルスによるもので、はっきりとした原因が特定されていなかった。しかし2016年第47回アメリカ養豚獣医師協会(AASV)年次研究会でアイオワ州立大学の研究者から次世代シーケンスを活用して、 新規のペスチウイルスの検出報告がされている。2020年3月に繁殖母豚800頭の一貫経営農場において、ダンス病の哺乳子豚が多発しているとの報告があり、現地にて確認、麻布大学PCCに検体を送り、原因の特定をすることにした。

【材料と方法】
 当該農場において、ダンス病を発症している哺乳子豚が、15腹確認されており、これは毎月の分娩数の約1割の発症率で、普段の状況と比較しても非常に高率の発生状況であった。同腹の発症であっても個体間で症状の程度に差があり、わずかな震えのみの子豚もいれば、立ったり歩いたり哺乳するのが困難な子豚もいた。その中でも特に震せんのひどいものを2頭選び、鑑定殺を行い検査に供した。

【病原体検査】
 PCR検査において、血液、リンパ節、扁桃、脳からレンサ球菌(Streptococcus suis)の検出とペスチウイルスが検出された。

【病理検査所見】
PCC1284、1285
ダンス病と診断

  • 大脳:大脳の白質(海馬に近い部分)に限局的に認められた空胞。化膿性髄膜炎は認められていなかった。
  • PCC1284については非化膿性脳炎の像があったが、病変は軽いものだった。
【結果】
 今回の結果を受け、当該農場では離乳後の神経症状によるレンサ球菌症による事故率も多発傾向もあったので、合わせて離乳後の発症子豚を鑑定殺して、同様に検査に供したが、こちらについてはレンサ球菌やヘモフィルスなどの混合感染あり、ペスチウイルスの検出は認められなかった。

【対策】
 いずれの検体からもレンサ球菌の検出が認められることから、母豚から子豚に向かって濃厚な垂直感染が考えられた。母豚からの感染圧を軽減する目的でアンピシリン散を 5 日間、0.3 %飼料添加を全母豚に実施した。その後、母豚にレンサ球菌症の不活化ワクチンを分娩前で接種することを開始した。

【結論】
 当該農場でのダンス病の発症はかなり以前から認められていたが、今回のように多発して発症が認められたのは初めてであった。おそらく以前から農場では原因となるペスチウイルスは存在していたと推測される。レンサ球菌症の対策を実施して以後は、発症が認められていない。ダンス病の発症に関しては複合的な感染や環境要因なども重なり好発しやすい状況を作っている可能性も示唆される。

【上家先生からのコメント(ペスチウイルスについて)】
  • ダンス病の原因となるペスチウイルスは、「非定型型豚ペスチウイルス(APPV)」とされている。
  • 香川先生の症例で検出されたAPPVの全塩基配列を解読したところ、Genotype3に分類されるAPPVと判明(中国以外では世界初)
  • Genotype3は他のGenotypeとの間で遺伝子の相違性があり、交差免疫が成り立たない可能性が示唆された(Genotype1は世界的に分布が確認されている。Genotype2、Genotype3は中国で報告あり)
  • 過去にPCCに送付された検体を調べたところ、他に2つの検体からGenotype3に分類されるAPPVが検出された。
  • これらの解析から少なくとも2007年には日本にAPPVが存在していると考えられる。
  • 今回の症例以外での検出例では、ダンス病の発現とAPPVの存在が一致せず、文献的にも不顕性感染の存在が報告されていることから、日本においても不顕性感染の存在が考えられる。
  • 本病の感染経路は不明な点が多い。国外ではイノシシが保有するとされているが、イノシシへの感染経路は不明である。
  • APPVの持続感染豚が感染原となり、血液検査で診断が可能(ただし急性感染ではウイルス血症の期間が短い)。
  • APPV垂直感染によって子豚でダンス病が発症するため、垂直感染の防止が重要(一度感染しても、遺伝子型の異なる株に再感染の可能性あり)。
  • 日本でのAPPVの実態が不明のため、調査の必要がある(麻布大学で解析可能)。


2.数野 由布子 先生 : 亜鉛中毒による発育不良が疑われた症例

【はじめに】
 離乳後の最初の数週間、酸化亜鉛や炭酸亜鉛などの無機亜鉛を2000〜3000 ppm与えることは、下痢の発症を制御し、生産成績を改善するために、アメリカをはじめ世界の様々な地域で一般的に行われている。しかし、今回、一貫生産の養豚場にて、炭酸亜鉛を高濃度添加し、亜鉛中毒による発育不良が疑われた症例を経験したのでその概要を報告する。

【材料と方法】
 関東地方に所在し母豚300頭を飼育する一貫生産の養豚場において2019年10月に農場を訪問した際に、離乳舎にて75日齢の豚で著しい発育不良が認められた。発育不良を呈していた子豚1頭を鑑定殺し、麻布大学PCCにおける病理組織学的検査に、そのうち肺と腸管のみSMC鰍ノおける病原探索に供した。検査結果より、発育不良の原因を特定することができなかったが、細菌感染を疑い投薬による治療を開始した。しかしその後も発育不良の発生が継続していたため、2020年1月に農場を訪問した際に、再度、発育不良を呈していた子豚1頭を鑑定殺し、麻布大学PCCにおける病理組織学的検査に、そのうち肺と腸管のみSMC鰍ノおける病原探索に供した。さらに鑑定殺した子豚と同豚房内の子豚3頭を採血し、PCCにおける血清生化学検査に供した。

【病原検索結果】
@ 2019年10月採材の検体(PCC1250:75日齢)
 肺における病原検索では、PCR検査でMycoplasma hyopneumoniaeが検出されたが、細菌分離検査で病原性細菌は検出されなかった。腸管における病原検索では、大腸菌が検出されたが病原性は認められなかった。
A 2020年1月採材の検体(PCC1272:75日齢)
 肺における病原検索では、PCR、細菌検査ともに病原体は検出されなかった。腸管における病原検索では、大腸菌が検出されたが病原性は認められなかった。

【血清生化学検査】
 PCC1272と同豚房の削痩していた個体3頭:
 3頭ともリパーゼの値が高く、膵炎を発症している可能性が示唆された。コレステロール値の高値や、TG(中性脂肪)の低値は膵炎による糖代謝障害の影響によるものと推測された。 また肝細胞も傷害を受けている可能性(肝炎)が示唆された。

【病理検査所見】
PCC1250
 慢性膵炎と診断
・膵臓:小葉間における結合組織の増生(病理スライド1)
・膵臓:リンパ球の浸潤。外分泌組織の減少(病理スライド2)
・膵臓(亜鉛染色):腺房細胞に亜鉛の蓄積(病理スライド3)

01

病理スライド1:小葉間における結合組織の増生

02

病理スライド2:リンパ球の浸潤、外分泌組織の減少

03

病理スライド3(亜鉛染色):腺房細胞に亜鉛の蓄積


PCC1272
 慢性膵炎と診断
・膵臓:小葉間結合組織の増生、腺房細胞の減少(病理スライド4,5)
・膵臓:リンパ球の増加、導管様細胞の増加(病理スライド6)
・膵臓(Tunel法):腺房細胞に一致してアポトーシス像(病理スライド7)
・膵臓(亜鉛染色):腺房細胞に亜鉛の蓄積(病理スライド8)

04

病理スライド4:小葉間結合組織の増生、腺房細胞の減少

05

病理スライド5:小葉間結合組織の増生、腺房細胞の減少

06

病理スライド6:リンパ球の増加、導管様細胞の増加

07

病理スライド7(Tunel法):腺房細胞に一致してアポトーシス像

08

病理スライド8(亜鉛染色):腺房細胞に亜鉛の蓄積


【対応と結果】
 過去に、膵炎を伴う亜鉛中毒について複数の報告が認められたことから、農場にて炭酸亜鉛の添加状況を確認した。炭酸亜鉛を計測せずに飼料添加していたことが判明し、離乳後2週間は少なくとも炭酸亜鉛6000ppmが与えられていた可能性があった。その後、炭酸亜鉛は計測し3000ppmになるようにしたところ、発育不良の発生は認められなくなった。

【結論】
 酸化亜鉛や炭酸亜鉛などの無機亜鉛の飼料添加は一般的に行われているが、確実に計測し、適切な濃度で添加することが重要である。
また本症例では、病原検索、病理組織学的検査の他、血清生化学検査にも供したことで亜鉛中毒の可能性に至ったことから、総合的に検査を行う重要性を改めて学んだ。

【適正濃度で炭酸亜鉛を添加している農場の調査】
 冒頭にあるように酸化亜鉛、炭酸亜鉛といった無機亜鉛の飼料添加は疾病対策として一般的に行われているが、亜鉛中毒の問題は無いのかと考え、適正濃度で炭酸亜鉛を添加しており、豚の発育に問題がない農場で追加調査を行った。

 炭酸亜鉛を飼料中に1200〜3000ppm添加しており、平均1日増体重は718.3g、657.7g、644.0gと豚の発育には問題はない3農場(症例農場とは別農場)において、血清中亜鉛濃度の測定を行った。その結果、これら3農場の豚の血清中亜鉛濃度は、今回の症例検体に比較し低かったが、無添加の豚に比べると高い傾向があった。また、3農場の内、1農場での過去の膵臓組織所見を再確認した(PCC1212、1158)ところ、わずかであるが外分泌病変が認められた。

過去症例の膵臓組織所見:
PCC1212の膵臓:非常にわずかにアポトーシス像が検出(病理スライド10)
PCC1158の膵臓:わずかにリンパ球の浸潤(病理スライド11)

10

病理スライド10:非常にわずかにアポトーシス像が検出

11

病理スライド11:わずかにリンパ球の浸潤


 血清中亜鉛濃度は高い傾向があり、病理組織所見では膵臓にわずかに外分泌病変が認められたが、3農場はいずれも生産成績は良好である。過去にも、膵臓腺房細胞にアポトーシスが認められたが、生産成績に影響はなかったという報告がある1。よって、炭酸亜鉛は生産成績に影響を与えない範囲で、疾病対策として、正しい濃度で使用することが重要であると言える。

1.Zinc overload in weaned pigs tissue accumulation, pathology, and growth impacts, Journal of Veterinary Diagnostic Investigation 2019, Vol. 31(4) 537‐545

 
     
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